kamishibai: 古事記アーカイブ
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段之上会館まつり

トランプ大統領の勝利で、先々に不安をおぼえたアメリカの知識人たちは過去の歴史に学ぶことを決め、その対象として日本を選んだようです。

ハーバード大学などで日本の歴史講座が人気科目になった背景には、まあいろいろあるでしょうが、そのひとつに日本の歴史がキリスト教にほとんど染まっていないということもあると思います。

19世紀より西洋知識人の間で広まったキリスト教批判の行きついた先はニーチェの言う「神の死」で、神の死んだあとの世界をサルトルは「父なき世代」と位置づけました。

キリスト教を基軸に二千年の繁栄をつづけた西洋文明は、その基軸を失ってしまったのです。

キリスト教権威の没落ののち西洋の知識人たちはその代替物として科学を選びました。

そのため二十世紀において科学はほとんど宗教的ともいえるほど信奉されるようになりました。

しかし、少し数値を入れ替えるだけで思い通りの結果が得られるシュミレーション科学の実態が暴かれるにつれ、科学の真実性も危ういものとなってきました。

ポストモダンの到来。

かつてアメリカ合衆国国務省政策担当の副長官だったフランシス・フクヤマは「歴史の終焉」を宣言し、ダニエル・ベルは「イデオロギーの終焉」を予見し、西洋では歴史は終わってしまったようです。

そこで新たな方向性を見出すために研究対象となったのが日本の歴史というわけです。

古事記はその日本の歴史の原点。

まあ、そんなわけで、皆さんもよければ古事記の紙芝居、見に来てくださいな。

今日は段之上会館まつりで紙芝居です。

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そういえば哲学者ピーター・シンガーの著書の中にドナルド・トランプ氏(当時1990年代、成功している開発業者として)の言葉が引用されていました。

「人生最大の目的をなしとげた人で、その目標達成とほぼ同時に、寂しく虚しく、放心に近い感情を抱き始めることのない人はめったにいない。記録 ・・この場合は新聞、雑誌、テレビのニュースのことだが・・ を見ればわかることであるが、エルビス・プレスリーからアイヴォン・ボウスキーに至るまで、成功をとげたたいへんな数の人々が自分の方向性や自分の倫理を見失っている」云々。

古事記

古事記には、新たな法則を正当化することを目的として書かれたとみられる部分が数多くあるが、その一つに男系相続の正当化もあげられると思う。

のちのちの風習に夜這いが残るように、もともと日本では婿入り婚が主流で、夜這いによってはらんだ女はそれから相手の男を名指して結婚に至った。女系相続である。

それが律令制度とともに大陸から渡ってきた男系相続にとって替わられた。いや、替えようと試みられた。

男系相続は奈良時代においては新しい思想の一つだったのである。

この男系相続の取り入れとともに導入されたのが男尊女卑の思想である。

こちらは古事記が書かれたころにはまだ書くものの心に抵抗があったようで、日本書紀が書かれたころになってようやく割り切られたように思われる。

ウケヒの儀式の内容の違いはつまりはそういうことだと思う。

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日本人は刺身好き

紀元前11世紀、周の時代の書物『尚書』の巻12に「東方、夷と曰う。被髪文身、火食せざる者有り」という。

巻6、巻16などの記述とあわすと、

海の隅には日を出す島々があり、その島の人たちは火を通さずに魚などを食べる。

と、そういった意味。

春秋戦国の時代に出た偉人孔子は、荒れた自国の有様を嘆き、「いっそイカダに乗って九夷の世界にいこうか」と言ったが、その九夷とは「玄、楽浪、高麗、満飾、鳧更、索家、東屠、倭人、天鄙」。

東屠までが大陸で、倭人と天鄙が日本列島。

孔子の時代にはつまり倭人国と天鄙国が大きくあって、ひょっとするとこれが古事記でいう高天原と葦原中国かもしれない。

それにしても、たまには刺身も食べたいな。おしまい。

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黄泉国

伊邪那岐は黄泉から返る(ヨミガエル)。

黄泉、あるいは夜見。

つくよみは食の国を統治する。

食、日食月食。つくよみ。よみ。

神による人間の殺し方。絞。

傷跡が残らない。ひええ。

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